記録される人生

人生が記録されていきます。

独身でいること

僕のスマホには写真や動画を家族と共有できるアプリがインストールされていて、そこに定期的に甥っ子の成長記録が送られてくる。

家族一緒に楽しそうにしているところや、元気に暴れまわっている姿を見るのは微笑ましいのだけれど、それと同時に、家族を持って子育てをするのは自分には一生縁のないことなのかもしれないな、なんて思いも頭をよぎったりする。

 

結婚に興味のないまま何となく年を重ねてきて、いつのまにかアラフォーと呼ばれる年齢に差し掛かってしまい、このま行けば独身道まっしぐらの人生。

独り身の気楽さは何物にも代えがたいとは思うものの、結婚しないと将来孤独になるだとか、老後の生活が大変だとか、そういう発言を聞いたりすると、なるほど今はよくても将来後悔するのかなと、身の処し方をちょっとは考えてみないわけにもいかない。

 

自分自身の人生を振り返ってみるに、結婚に無関心なままここまできたのは、単純に一人でいることが好きだというのが原因の一つだろう。人のいる空間や人と交流しないといけない場所を避けて、一人でいられる環境を自然と求めてしまう。

これはもう子どもの頃からの傾向なので、きっと生まれつきそういう性質なんだろう。長いこと一人で居ても何の苦もないし、むしろその方が自分の好きなようにできて気が楽だ。

 

だからといって人が嫌いなわけじゃない。誰かと過ごすことでしか得られない種類の楽しさもあるし、人と接することなくずっと家に籠ってたら、きっと精神的にまいってしまう。ただ僕の場合は誰かといる時間がちょっとでいいんだろうと思う。それはもうそういう気質なのでしょうがない。そういうわけで、結婚して誰かと一緒に暮らすのはきっと向いてないのだ。

 

ただ、将来独身なのを後悔することもあるんだろうかと思う。昔は一人でも平気だったのに年をとってから孤独に耐えられなくなった、なんて声をネットで見たりすると、はてこれは自分の未来の姿なんだろうかと想像してしまう。

気持ちなんて結構変わってしまうものだ。今はよくても、年をとり、周りの状況が変わるにつれ、真逆の考えを持つに至っても全然不思議じゃない。

でもそうなったとしても遅いかもしれない。結婚は相手あってのことなので、したいと時にできるものでもなく、年齢を重ねるほどに結婚するのが難しくなっていくのは明らかだ。子どもを作って育てていくとなると、さらにハードルが高くなる。

支え合う人も身近におらず、自分だけのために生きる人生。悪い面だけを見ればそんな言い方になるんだろうけれど、将来の自分はどうなっているのか。少なくとも、自分の人生なので自分の責任で進んでいくしかないことだけは確かだ。